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ボクらの滑(ぬめ)り跡 


創刊号 21~30話


-すべてそうさくしたおはなしです-



No.1 創刊号(1~10話 11~20話 21~30話 31~60話  61~66話 
No.2 夏号 休み特集号(No.2)
No.3 秋号
(1~10話 11~20話 21~24話
No.4 歳末特集号(1~10話
No.5 冬号(1~10話
No.6 夏号(1~15話

No.7 続1(1~12話
No.8 続2(1~7話

No.9 続3(1~8話

                              
                


(ちゃぺる 1-21)  解 放 区    6月23日


舗装されていない田舎道を二十分も歩いた丘の上に、私の通った高校がありました。
上履制ではなかったので教室や廊下は泥だらけ、おまけに男子特有の横着さも加わって、
至るところ相当な汚れようです。

掃除当番表もありましたが、誰一人見向きもしません。終礼が鳴ると教室は汚れとゴミを残し、
部活と帰宅で瞬時に誰もいなくなります。仕方が無いので一人で掃除を始めました。

「君のクラスは掃除当番おらんのかい?」

「それはボクも君に聞いてみたかったことや」

毎日、放課後のゴミ捨て場で名前だけは知っているひとつ隣のクラスの人間に会いました。
一人で掃除をしている人間がもう一人いたということです。

教室をピカピカにし、近くで摘んできた花を教壇に飾った後、自分たちの学習を始めました。
この小さなゼミは少しずつ同志を増していくのですが、多感な時期に思わぬ拾い物のような
至福の時を過ごしたことは良い思い出の一つです。

解放区(カルチェ・ラタン)とは自ら作りあげるものだとの思いは、
今も変わりません。





(歌謡学院 1-21)  タ イ  ツ    6月23日


月光仮面も少年ジェットも何でタイツなんか穿(は)いとったんやろ。
それも真っ白のタイツや。

タイツ姿ちゅうとやね、おフランスはロココの時代の宮廷の殿御が
餡子腹(あんこばら)突き出して、足元には『ぼんぼり』のついた
女モンみたいな靴にコーディネイトさせて穿いとるあれやろ。

変やわ。なんちゅても、変やで。

月光仮面はようマネして遊んだもんやけど、タイツまではマネせえへんかったな、ジッサイ。
風呂敷をマントがわりにしたりとか、ええ加減なおもちゃのピストルで二丁拳銃のマネなんか
はしたけど。

タイツは、せなんだ。

なんでやろ。

『タイツ』ちゅうのは、小学生のボクらには、まあなんちゅうか、非常にアブナイ感じのする
代物で、怪しい未分化な部分を見透かされる危険を冒しとうないちゅう保身の気持ちが働い
とったんやろね。『靴下止め』ちゅう、あの卑猥な小物とセットやったから余計そうやった
んやろな。

謎が解けたんは、もうちょっと大きゅうなってから、
郷ひろみのタイツ姿、見た時やったな。





(ちゃぺる 1-22)  ツ バ メ     6月24日


こどもの頃、良い服装をしている大人は身の周りに数えるほどしかいませんでした。

仕立の良いダブルの背広を着た社長風の人と月に一度会う事がありました。
親戚筋なのか、父親の友人なのか誰だか知らされることはありませんでした。
東京から出張のついでに、特急『ツバメ』に乗って来ると言う事だけしか分かりません。

町の小さな駅でその立派な初老の紳士は、いつもボクに、「お土産だ」と言って
新しい本をくれます。母と二言、三言、言葉をかわし、足早にホームに消えて行きます。
京都発のツバメの発車時間に合わせて時間を都合していたのだと思います。

紳士を見送って一時間ほどすると、小さな町を特急『ツバメ』が通過します。

見上げるような動輪、それは高速で走るC62特有の仕掛けです。

車掌車両のデッキと『ツバメ』のマークが消えゆくまで街中の時間が止まります。
手の届かない世界が小さな町を通過していきます。





(歌謡学院 1-22)   反  芻     6月24日


背が高うて、おっとりした性格のヤマナカ、ちゅう奴がおるんや。

梅雨のうっとうしい時期やった。
朝の一講時、休講とか貼り出してある掲示板のある廊下の長椅子に座っとるのを見かけた。

「何しとん?」
神戸から来ている仲間が声を掛けた。

二講時もそこにおった。三講時もまたそこにおった。
五講時ちゅうたらもう夕方や、まだおるねん。

「彼女待ってたらな。こんな時間になってもうたんや」

彼女ちゅうてもや、これから付き合いが始まるのやら始まらんのやら。
その日も彼女が掲示板の前を通るんか通らんのか分からんのやて。

ヤマナカは、物を食べる時、食べ物を口の中いっぱいにほおばりよる。
手で押しこんで詰め込みよるんや。頬っぺた栗鼠みたいにしよってな、
「窒息するんやないか」と傍目に心配させてといて、ゆっくり牛みたいに口動かし始めよる。

反芻や。

約束したわけでもない彼女との待ち合わせをやね、
一日中、もぐもぐ。自分自身を反芻しとったんやな。

こっちの喉つまるわ。





(ちゃぺる 1-23)   ピ ラ ニ ア   6月25日


結婚式は、挙げた。
赴任先が、決まらなかった。
ちょっとした我儘を通したから。

妻は、私に合わせて勤め先を辞めていた。
何処にも行き場が無い。

「新婚旅行にでも行こうか」と私が誘えば、妻は、「そうやね」
幼いころ母と見た別子銅山を妻に見せたかった。

国道十一号線。

行けども行けども目的地の愛媛県新居浜市に辿り着かなかった。
「人生ってこんなもんやで」と私が言えば、妻は、「そうやね」

『りんりんぱーく』という小さなドライブインに立寄った。
ピラニアの水槽を見ていたら、おばさんが「餌の時間ぞね」
と言いながら生きた金魚を水槽に入れた。

あっと言う間に金魚はピラニアに食べられてしまった。

「人生って・・・」、その言葉の続きを遮るように妻が、
「違う、違うって、絶対!」

「おばはん、頼りにしてまっせ」
『夫婦善哉』のラストが目に浮かんだ。
森繁久彌が、淡島千景に甘えている。





(歌謡学院 1-23)  のいる・こいる先生   6月26日


山の斜面の草刈りしとって足滑らしてね、おもいっきりコケた。
柔道の受身が決まったように思うたんやけど、やっぱりトシやね。

次の朝、肩甲骨、
つまりやね、「♪あれを ご覧と 指差す かーたに」の肩をやね、
イワしとったんや。

あんまり痛いもんやさかい近くの病院へ行ったんや。

そこの先生、ちょっと面白いねん。変わっとるねん。そやけど、
この先生は、病人の痛みちゅうのを本当に分かっとる人なんや。

「お尻がかゆいんですワ」と訴えると、
岡八郎の『臭っさー』をそのままやらはります。

「膝が痛いんです」ちゅうたら、
「私も肉離れ立て続けに二回やったことあります」ちゅうて、
診察室をぎこちのう歩きまわって、平参平をやってくれますねん。
膝小僧をぽんと叩いて、「すかんタコ、あっほー」もサービスしやはります。

十五分ほど先生の芸見せてもらいました。ボクに成り代わって肩の痛み上手いこと表現して
くれはるねん。

「と、いうことで、日にち薬ですわ。日を重ねたらなおります。
オタクもそう思わはりまっしゃろ」ちゅうて、薬もシップも・・・・・
『チップ』も無しや。

八百十円の木戸銭払うて、家計簿に『研究費』で計上しといたわ。
『のいる・こいる』のせわしげな方の師匠によう似た人なんや。





(ちゃぺる 1-24)   バ ロ ン   6月27日


ある家電メーカーの製品管理倉庫で一年間アルバイトをしました。

倉庫内を自在に動き回るドイツ製のフォークリフトが気になって仕方が
ありませんでした。蓄電池が動力源ですからモーターの低い唸りのほかは
内燃機関のようなに大きな音がしません。足元のスイッチを踏むと動き始め、
離すと電流が遮断され同時にブレーキが掛かります。

趣味で持っていた大型特殊免許をちらつかせて一般技能アルバイト扱いに
してもらいました。自分も学生なのに、学生アルバイトに向かって、
「学生さん、荷物をリフトの台に積んでくれませんか」

ハンドルを左手で、右の肘で変速機のレバーを操作しながら、足元のスイッチを
こまめに踏んだり外したりしながら、大きな荷物を高い所に収めていきます。
荷物を持ち上げた状態での走行、急旋回は厳禁されていましたが、誰もその指示
に従う者はいませんでした。

トイレに行くのもフォークリフトに乗って行きます。倉庫内でのリフト乗りは、
まるで複葉機を操るバロン(男爵)のような気取りです。

この気取りだけは幾つになっても忘れたくないですね。





(歌謡学院 1-24) せんじゅかんのん  6月27日


夫婦も長いことやってると、物の言いようが変わってくるわ。

とにかく、まず下手に出るんや。

それがいちばん間違いのないこっちゃ。
お互いにズルイこと考えるんとるんやな。
何すんのも若い頃みたいにスッといかんから、
何とか上手いこと言うて相手動かしたろと思うんや。

その時の前置きの口調が決まっててやね、
夫婦揃うて、「悪いけど」とか「すまんけど」で始まるんや。

「悪いけど、あんた、瓶の蓋(ふた)固いねん。開けて」とか
「すまんけどな、ちょっとそこの新聞とって」

虫の居所が悪い時もあるわな。

「ワシに何でも頼るな、瓶の蓋は頭で開けるもんや。
アタマ使え! アタマ! 」

「なんでもかんでもそこにあるもん取れって、
わたしは千手観音(せんじゅかんのん)ですか!」 

この瞬間、「すまんな」ちゅうたこと、惜しゅうて、惜しゅうて。
この瞬間、「悪いけど」ちゅうたこと、悔やまれて、悔やまれて。





(ちゃぺる 1-25)  タ ァ ア ム     6月28日


中学一年生の時、教えを受けた英語の先生は珍しく発音が本物でした。
先生は、カタカナ英語をことの外お嫌いになられました。
先生は、十九世紀末のニューイングランドの教養人ような身なりをして、
手には鞭(むち)を持っておられました。お使いになられるのではなく、
ファッションとして小脇に挟んでおられました。

物真似大好きの私は、apple も this も girl も friend も 
rabbit も完璧に発音できました。

演劇も趣味でしたから、「これは林檎ですか、それともオレンジですか?」も
好きな洋画の俳優の語り口にオーバーな身振りを加えて、
先生のお心を大いに喜ばすことが出来ました。

私の頭の毛は、生まれつき栗色でストレートです。
同級生の女の子たちから、「キシモト君の髪の毛はお人形の髪の毛みたい」と、
よく言われていました。

そんな私を先生は、『Tom』、アメリカ英語式に『タァアム』と呼びました。

月日が流れ、トム・キシモトは今ではトム・ドゥリーになってしまいました。

"♪Hang down your head, Tom Dooley,
♪Hang down your head and cry"

脈絡のない話で、申し訳ございません。





(歌謡学院 1-25)  ミ ッ シ ェ ル    6月28日


そのコは烏丸車庫前(からすま・しゃこまえ)、京都は北区の腐った
アパートに住んどってね。絵を描いとるんや。

あっ、そうそう、そやった。アパートやのうて、『アパルトマン』や。
そう言わな機嫌が悪かったな。

彼女の好きな『ロンドン焼』買うてアパルトマンによう遊びに行ったな。
「海の向こうはロンドンや、ロンドン焼買うなら新京極(しんきょうごく)のロンドン屋」、
確かそんなコマーシャルやったと思う。それを一節やらされるんやけど、
小さいこどもみたいに畳に足ばたつかせて、えらい喜びよるねん。

そうかと思うとや、急に真面目な顔つきになって、
「キシモト君、そのままじっと動かんといて」

絵のモデルや。
何時までとも分からん時間、じーっとさせられるねん。

「目玉動かしたらあかん言うてるやんか!」

ベレー帽にスモック、花柄のスカートに白い靴下、ぺちゃんこ靴、いつもそんな格好や。
口癖も三十年おんなじや。「うちはな、ほんまに、
つくづく、自分がエトランジェやと思うねん」

あ、そうそう、言い忘れたけど、ものすごい別嬪さんやで。
今でも、『マドモアゼル・ミッシェル』と呼ばんと返事もしよらんのや。





(ちゃぺる 1-26)  そんなもんですか   6月29日


下宿人が、ある財団の奨学生に応募したいと言う。
かなりの額が貰えて返却の必要なしとのこと。

充分な力を持っている人物なので、几帳面な楷書体で推薦状を書いた。
久方ぶりに筆を手にした。

自己アピール文やその他の書類を一まとめ入れた封筒はかなりの嵩になった。

何か一言欲しいらしい。

受け取ってテーブルの上に置きながら、
「君ぐらいのレベルの人間が沢山応募している事やろうね。
そやけど、審査する人たちは封筒から中身を出した瞬間に大体のことが分かるもんやで」

「えー、そんなもんですか?」

「そうや、そんなもんや。それにな、この封筒が積み上げられていて、
君の封筒が床にずり落ちたとしよう。
それは、だれも拾わへんのやで」

「えー、そんなぁ!」

「もし駄目でも落ち込んだりせんように、そんなもんやと言うといてあげるわ。
そやから合格しても、君は天狗になったらあかんのやで」





(歌謡学院 1-26)  パスタ・フェア    6月30日


近くのスーパーへ買いもんに行ったら、
駐車場にイタリアの国旗がいっぱい、せわしそうに、はためいとんねん。

「なんやろう?」と思うて中に入ったら入口あたりに、
マカロニ、スパゲッティーが山盛り。
形の変わった珍しいパスタもぎょうさん並べたる。

『パスタ・フェアー開催中』やて。
そんなたいそうなもん?

「センセ、これはどんな風に調理したらよろしいでしょうか?」

パッチワークの買い物袋下げた作務衣姿の中年の女が、
けったいな形のマカロニ見せながら尊敬の眼差しで話しかけてきよった。
福祉ボランティアとかフリーマーケットなんかでよう見かけるおばはん。
そんな感じおばはんや。そのまま絵に描いたような女やった。

アワテモンなんやろな。このおばはん。
ボクを誰かと勘違いしとる。

五色マカロニみたいなモンやったから、
「おくさん、これはやね、パスタやからいうてトマトソース系じゃなく、
五色が映えるようにクリームソースをからめるのが一番よろしいでしょう」

「あんたはな、どこ行くのもそんな蝶ネクタイんなかして、
意味もないのに気取ってるさかい、そんなことに巻き込まれるのや。
このお調子者!」

紛らわしい格好、好きです、やめられまへん。




(ちゃぺる 1-27)  トレビの泉       7月1日


この時期たまに晴れた日があるのは楽しい事です。
近くを散歩しました。

田の畦道に沿って流れる用水路に一円玉、十円玉、百円玉が散乱し、
水の流れを受けながら光っています。
用水路の底の平らな石が賽銭箱の役割を果たしています。

「トレビの泉みたいだっしゃろ。
わて、このあいだ連れ合いとイタリア旅行してきましてな。
ここらの田舎でもいけるかなと思うて、
ためし十円玉置いてみましたんやがな」
用水路で鍬を洗いながら、
気さくなおじいさんが、話し掛けてきました。

その昔、新婚旅行で訪れた嵐山の渡月橋でも同じ『いたずら』をしたそうです。
お茶目なおじいさんです。

水溜りにわずかなコインを投げて、少しばかりの幸せを祈ってみたくなる気持ち、
こんな田舎の畦道を通る人々の心の中にもあったのですね。





(歌謡学院 1-27) 夫・ファーザー  7月1日


はたちぐらいの時やったかな。ナンバあたりを陰気な気持ちで歩いとってたんや。
たいした理由はなかったんやけど、
とにかくユーツやったんや。

大きな看板が目にはいった。映画の看板や。

『ベニスに死す』

セーラー服着た紅毛碧眼、つまり金髪に青い目や。
肛門やなかった紅毛の美少年が大きいに描いてあるんや。
これはトース・マンの悲しくもはかない話やちゅうことは本で読んで知っとたけど、
看板の少年がめちゃめちゃ男前で、綺麗すぎて、また気分が沈んでしもうた。
なんぼボクが男前ちゅうても、あれには勝てんわ。

しばらく歩いとったら、こんどは花月の前に大きな看板や。

『夫・ファーザー』

桑原和男の顔と名前が大きいにかいてあるねん。
『ゴッド・ファーザー』の字面だけ合わせた新喜劇や。
見んでも大体の筋分かるわ。

『夫・ファーザー』、『夫・ファーザー』、『夫・ファーザー』、かいな。
上手いことタイトル付けよったな。

えっ、陰気な気分ってか。そんなもんどっかへ行ってもうたわ。





(ちゃぺる 1-28)  吸うたのじゃ    7月2日


演劇部の仲間と一緒に収まったアルバムを見る機会がありました。

中央に『蚊』をデフォルメした衣装の友人がいます。

狂言仕立の出し物で、蚊が主人の酒を盗んで「飲んだ」のではなく、
「吸った」、つまり、「吸うたのじゃ」と言い訳しながら追い立てられて
幕となる芝居だったと記憶しています。

町工場を経営する友人が職人さんたちに給料を渡す日が一昨日でした。
昨今の製造業の現実は聞きしに勝る厳しさです。
やりくりしてかき集めた現金を「ご苦労様でした」と、手渡す時が緊張の頂点です。

一杯呷(あお)らないと遣っていけない。

秘密の隠し所から生温かいビールを取り出し、半分飲んで、ホッとしていたところへ、買い物から帰ってきた奥さんに、いつもながらのその現場をまた押えられてしまいました。

首根っこを掴まれながら咄嗟に出た友人の言い訳が・・・・・

「飲んではない、吸うたのじゃ、吸うたのじゃ」

残りの半分は流し台に消えました。





(歌謡学院 1-28)  サイザンス   7月2日


♪ うーむ、セッシボン、洋酒喫茶セッシボン ♪

白羽大助が歌うとったのとはまた違うて、梅田コマのそばに大久保怜先生の『怜』
ちゅう喫茶店があったそうで、ボクはよう知らんのやけど、大阪のツレたちは
「生」大久保怜を通りからようながめに行ったそうや。

黒いベストに蝶ネクタイの大久保怜がレジの前におってな、
テレビで見るのとそっくりそのままなんやて。

珍しいモン見るみたいにのぞき込んだらしいけど、睨み返されてこわかってんて。
どうせ「大久保怜や、見てみい」とかいうたに決まっとる。

ボクの町に、トニー・谷が来た時のことや。

そろばん持って、「あなたのお名前なんてえの」のアレ、
「サイザンス」のトニー・谷、あれ生でみたんやで。貴重な体験やろ。

ボクらは、コメディアンちゅうのは何でも彼でも、「平和ラッパ」でひとくくりに
しとったんやけど、その空気がトニー・谷に伝わったんや。

おまけにアホな奴が、「カツラやカツラ、あれカツラやで」とか言うたもんやから・・・・・

四の五のいう間もなく、コワイ「係員」がボクらを市民会館の外へにつまみだしよった。

いちびって芸人に近づきすぎたコワイ思い出ちゅうわけやね。





(ちゃぺる 1-29)   おいどんの京屋    7月3日


呉服屋と申しましても、巣鴨や石切さんにお参りする年配のご婦人が立寄るような、
いろんな衣料雑貨を扱う店なのですが、『京屋』という屋号の店がありました。
恰幅の良い主人が忙しそうに働いていました。

通りから良く見えるところに、金モールの軍服と羽根飾りの軍帽が裁縫の立体型
に着せられて展示してありました。

ガラスケースに入ったその軍服の脇には、墨跡淡く、

「おいどんが、京屋に来るとは思わなんだ。嗚呼、夢か幻か」
そんな感じの言葉が添えられていました。

町のひとたちは、その店を格が違うかのように、『おいどんの京屋』と呼んでいました。
店の主人、すなわち、『西郷どん』は、店の前を通る子供たちに「人の道」を説きました。

この小さな博物館は、高度経済成長の「ご時世」に対して、その行き過ぎを警告していた
ように思います。

幾多の白刃と弾丸の下を潜り抜けたと、西郷どんが講釈したその軍服は、
今も現役だそうです。





(歌謡学院 1-29)  シ ャ ク レ     7月3日


ボクのツレの話やけど、、デートする時、彼女の横顔ばっかし見とる奴がおってね。

なんでちゅうとや、そいつはカーブした顔付き、そうそう三日月みたい、つまり、
花王石鹸のマーク、ほれほれ映画「ペーペー・ムーン」の子役が遊園地の写真屋に
一枚とってもらうとき乗っとった作りもんの「ぶらんこの月」、えーい、五月の蝿、
うるさい、ようするに、シャクレ、しゃくれ顎や、シャクレ顔がすきなんや。

文芸倶楽部の古うからのツレ、リューノスケはそういう顔立ちの女性の糸瓜、
ヘチマやなかった、『フェチ』なんや。

「なんでシャクレがええの? どこがそんなにええの?」と聞いたら、

「大体や、オリエンタル系ちゅうのは平坦な正面だけがウリちゅうとこあるやろ、
そやけど、グレコ・ローマンから派生したヨーロッパ系はやな、その側面、
つまりプロファイルにアクセントがあるやろ、ボクはその辺に執着があるんや」

今も変わらん微熱の出た、持って回った物のいいようや。

「そやけど今のヨメはん思いっきりアジアンやけど、そらまたなんで?」

「なに言うてんねん、性格がシャクレとるねん。
内面が、ねじれ切っとるちゅうことや。それがええねん、ボクにはな」

お前とおんなじや。似たもん同士や。  ナ・オ・セ・ヨ





(ちゃぺる 1-30)   ゲルベゾルテ    7月4日


焼酎をジュースで割った酒、
フィルターに細かい穴を開けてマイルドにしたタバコ、
何かしら変です近頃の世の中は。

ゲルベゾルテ、ショートピース、そしてパイプならキャプスタン。
ストレートな紫煙を楽しんでいました。
しかし、周りの人たちが、紙の焼ける様な匂いしかしないタバコやら何やら分からない物を吸うようになり、
タバコは止めてしまいました。

遊び人のようなキャンパスライフが始まって二週間目、
それほど親しくない友人にタバコを一本借りました。
その日からパン屋の夜勤を二年もすることになりました。

タバコは大人の嗜好品であるが故に、人に貰って吸ってはいけない。
そんな不文律が、タバコを吸うという行為に伴ってました。

瀬戸内海の小さな島に渡る連絡船のデッキで
潮風を楽しみながら機嫌良くゲルベゾルテを吹かしていましたら、
「兄ちゃんタバコ一本くれんね」と、行き過ぎモンに声を掛けられました。

大した奴ではないなと無視しましたら、
連れの女性がその男の袖口を強く引っ張って叱り付ける様に言いました。

「あんた、やめときいね。この兄やん、怒っとるみたいやけん!」

『今日も元気だたばこがうまい』
あの時代はもう戻らない。






(歌謡学院 1-30)   烏賊の金曜日     7月4日


もう十年ほどムカシなるかいのう、下宿人に『おシモのつぼね』ちゅう
あだ名の子がおりましてな。

その子はやね、器量よしで、性格さばさば、背が高うてカッコええ子なんやけど、
そこらのスケベおやじみたいに、なにかちゅうとシモネタに、もって行こう、
もって行こうとしよるねん。

ある日、『おシモのつぼね』が腰元連中とにぎやかに買い物から帰ってきよった。
「見上げたもんだよ、屋根屋のふんどし。ふんどしはクラッシック・パンツ?」、
かどのパン屋あたりから大きな声がしよる。

玄関でボクに鉢合わせになったんやけど・・・・・
「そうは、烏賊(いか)のキン・・・・・」、まで言いかけて、

「烏賊のキン・・・・・烏賊の金曜日?」

「そうくるか、つぼね。そんなら、烏賊の金山寺味噌」と、返してやった。

「うーん、烏賊の金時計、うーん、もいっちょう烏賊の金婚式!」

「なにを、この、烏賊の金一封、もひとつ、烏賊の金閣寺!」

「えーえーえー、もうありません。言っていいですか?烏賊のキン・・・・・」

「それ言うたら、今すぐ、荷物まとめて出て行ってもらうで!」


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