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   ちゃぺる・キシモト

某 本 日 の お 話   Rev. キシモト


     −すべてそうさくしたおはなしです−


No.1 創刊号(1〜10話 11〜20話 21〜30話 31〜60話  61〜66話 
No.2 夏号 休み特集号(No.2)
No.3 秋号
(1〜10話 11〜20話 21〜24話
No.4 歳末特集号(1〜10話
No.5 冬号(1〜10話
No.6 夏号(1〜15話

No.7 続1(1〜12話
No.8 続2(1〜7話

No.9 続3(1〜8話


(ちゃぺる12-1)  近鉄特急      1月5日


全てが順調だった。
近鉄特急午後10時35分発に乗車する10分前までは。

難波から西大寺まで二人の料金を合わせても二千円余りだ。
このゼイタクを年忘れにしたかった。

西梅田のライブハウスに出番があった。
術後の麻痺が少し残る妻を友人夫妻のマンションまで送り届けた。

 今年も一年ご苦労さん。朝から晩まで働いて、
 やっと寝床に就いたなら、横で女房の高いびき。
 ああ、やんなっちゃった。ああ、驚いた。

ツカミは牧伸二の替え歌、リフレインは客席との大合唱になった。

「お前、ええとこあるやんけ。ヨメはん待っとったで」
早めに切り上げて妻を迎えに行った。

暮れの雑踏の中、身を寄せ合って歩いた。
特急券を買った。

携帯電話を落としたらしい。
妻の携帯電話から呼び出したが応答がない。
特急券をキャンセルし、難波から千日前の交番まで歩いた。

腹話術の人形がバッグから顔を出し、手にはウクレレのケース。
警官たちは、そんな来訪者には慣れている様子。

「ご主人さん。人形のポケットから何か鳴ってまへんか」

「おばはん、頼りにしてまっせ」
夫婦善哉よろしく森繁の口調を真似た。



(ちゃぺる11-5)  肩 章     10月2日


「キシモトさん。紛らわしいで。その格好」
「何てことおまへん、ファッションですがな」

一等航海士の肩章が気に入っている。
四本線では、いかにもニセモノに見える。
しかし、「船長さん」と呼ばれて訂正はしない。

涼しい風が吹いてシャツはネイビーの長袖に衣替え。
妻の言付けでスーパーへ買物に行った。

駐車場の警備員が最敬礼する。
駐車ルールを守らない車が先を譲る。

「レジ袋ご入用ですか」
「いや、そこのダンボールに入れます。
このほうがストックしておきやすいんだな。船だからね」

駐車場へのエレベーターの中に同世代らしい夫婦がいた。
夫が妻をぼろくそに言う。妻は夫に侮蔑の目を向ける。

夫を見下げた目が空ろに肩章に注がれる。
「この人は消防か警察か。安定した職にある人だ。
奥さんもきっと苦労がないに違いない」
そんなことを心に呟いている目だ。

「今日スーパーで他所の奥さんに見つめられたで」
「特売の卵忘れず買ってきたわね」

人の言うことを何も聞いていない。



(ちゃぺる 11-4 )   根    5月30日


神学校時代、籐編みの先生と親しくなった。
孫が教会学校に来ていた。

卒業と結婚と教会赴任が重なる。
簡素な結婚式を妻の実家に納得してもらった。

籐編みの先生、こよ志ばあちゃんが言った。
「あんたら、なんぼ始末した結婚式や言うても、
皆さんに真心を引き出物に持って帰ってもらわなあかんよ」

こよ志ばあちゃんに教えてもらって小さな菓子箱を作った。
「あんたのおヨメはん、器用やな。教え甲斐おますなあ。
あんたも、ま、下手やないけど、根が続きまへんな」

妻は、黙々と教えられた通りの菓子箱を作り続けた。
根気が無いと言われた私は、妻よりも多く作った。
ひねくれた性格は自分でも扱い難い。

「どうだ、上手いもんだろう」
「ま、センセ、お上手」
人参や牛蒡、蒟蒻を刻んだ。
配食サービスの厨房は、船頭だらけの小船。

「本当にお上手ですわ。それに、センセ、とても器用ですわ」
女性部の信徒たちが持ち上げる。

「うちの主人やったら、とっくに飽きてますわ。
センセは、何でも最後までじっくり取り組まれますこと」

酢の物を作る妻を横目に、ひねくれたい気持ちを抑えた。



(ちゃぺる 11-3 )  パ ン    3月22日


成人している娘たちと白浜に一泊した。
ホテルの朝食は、海の幸のバイキングになっていたが、、、

「あっ、パンや! パンがあるわ」
無防備な妻の大きな声。
術後の妻は、右耳の聴力を失っている。

「アキコさん。誰も持って行かないから席に座ってから、
ゆっくり食べましょうね」とからかった。

娘たちが笑いを堪えている。
何かに付けて妻に注意されてきた私のリベンジを、
姉妹で面白がっている。

妻は、直ぐ正気に戻ったが、今度は自分を笑っている。

「この子はパンが好きですけぇに」
義母が結婚を前に私に言った言葉。

一人暮らしの義母を久しぶりに訪ねた。
鍵が掛かっていて、いくら呼んでも返事がない。
妻が窓を破って中に入れと言う。

手押し車の義母が帰って来た。
「富井で買い物をしてきたけん」

「富井」と聞こえたのは、近くのスーパー、「トミー」のことらしい。
手押し車のカバーからレジ袋がのぞいている。
色々な種類のパンが見え隠れしている。



(ちゃぺる 11-2 ) 人 前     2月1日


「私は、澤田君と同じ高校に学んだものですが、
奥さんの菜摘さんのことを今でも想っています」

昨夜からの大雪が止み、日曜の午後は良く晴れた。
澤田さんの『イエスの農園』の開所式が執り行われた。

分区だけではなく教区の教会からも大勢の人たちが押し寄せたので、
牧師や役員たちが田舎の小さな駅と農園の間をチェーンの音をジャンジャンと鳴らしながら
何度も車で往復した。

牧師の祈りに続いて、澤田さんの畜産高校時代の友人が挨拶に立った。
謹厳実直そうな風貌、物腰。

そんな真面目な雰囲気の人が、そのような場所で、人妻への愛を告白したのである。
誰もが戸惑ったが、最も混乱していたのは当の本人であった。

その友人は、自分が何を言っているのか分っていなかった。
人前で話すことは、彼の日常ではなかった。

澤田夫人にそっくりな一人娘が、母親の顔を覗き込んだ。
白い線の入った学校指定の紺色の体操服を着た中学二年生。

澤田さんは、誰でも、好きな時に来て畑仕事や家畜に親しみ、
静かな祈りの時が過ごせる農園を夢みていた。

澤田さんもまた、人前に出ることが日常の人ではなかったので、
友人のスピーチは、農園の開所を心から祝うものと聞いた。



(ちゃぺる 11-1)  翁を偲ぶ      1月1日


九十歳を超えた二人の長老が年末年始にかけて亡くなった。
ふたりとも、胸まである豊かな白い髭を蓄えていた。
ふたりとも、即身仏を思わせる姿で棺に収まった。
ふたりとも、立派な跡取りがいた。

「センセ、このままでよろしおまっしゃろ」
クリスマスに亡くなった長老の息子さんが言った。
紋付の黒に、白い顎髭が波打った。

「センセ、まだ温かいうちにしてあげとうおますねん」と、
一月四日に亡くなった長老の息子さんが、優しく父親の顔を
撫でながら、石鹸を泡立て、剃刀を当てた。
モーニングの死装束が引き立った。

庭先に申し訳程度の雪が残る頃、故人を偲んだ。

「あんなむさ苦しい髭のままで良かったのですやろうか」
「親父の髭を剃ったの間違いだったのではないでしょうか」

ふたりの息子さんたちは、経営者あるは上級役人としての平素の
雰囲気からは想像も出来ない程、迷いの中にあった。

クリスマスの長老が禁酒禁煙に耐え切れず人様の家のゴミ箱から吸殻を漁ったこと
正月の長老がハーモニカを吹く不良であったことなどの愉快な秘密が暴かれた。

席が沸いた。

「翁を偲ぶ」
そのような長生きをしてみたいものだ。



(ちゃぺる 10-7) 牛 脂       11月6


細谷牧師と握手をした人は例外なく、その握力に驚く。
瓜実顔に華奢な体つき。

「肉、全部入れないで下さいね。油、誰も触らないように」

東京に就職先が決まった山田君の送別会は、特上和牛のスキヤキだった。
何度も何度も、細谷牧師は、一同に理を入れて、
鍋に入れる前の肉一切れを生のまま、何も付けずに口に運んだ。
そして最後には、誰もがその存在を忘れていた牛脂の塊を愛惜しむように舌の上で弄んだ。

神学校時代、細谷牧師は港湾荷役のアルバイトで学費を稼いでいた。
体質なのか、そのような厳しい労働をしても手にはマメ一つなかった。
色白の肌も日に焼けることはなかった。

ドーン ドーン ドーン

曇天を叱り付ける様な太鼓の音が早朝から村に響く。
しかし、その音は、朝の連続ドラマの後、直ぐに鳴り止んだ。

「こんなこと頼める人、教会さんにはおらんと思うけど」
町内会の役員達が牧師館のベルを押した。

「太鼓ですか? 叩けないこともないですが。
でも、わたしが山車に乗るのは如何なものでしょうかね」

「センセ、打ち上げは、スキヤキぞ」

「誰が叩きよるのかいのう」
「えらいスタミナじゃのう」

教会員は、ひとり残らず、承知していた。



(ちゃぺる10-6)  優等生     10月1日


市電から降りたところで、名前を呼ばれた。
キャンパス前の停留所の喧騒の中から、辛うじて聞き取れた。

「キシモト、キシモト・・・何度も呼んどるやないか」

白いジーンズに大きな数字が編みこまれた白いセーターを羽織ったユキオが、
指を鳴らしながら話しかけてきた。

「キシモト、お前、パン屋の夜勤しとるそうやてな。
遊ばなあかんで、若いうちから働いたら癖になるで。
ところで、お前、彼女いるのか?」

「そんなモンはおらん。切っ掛けも分からん」と、答えると、
ユキオは、懇切丁寧な授業を始めた。

「誰でもええのや。どんな女でもええのや。
選り好みせんと片っ端からデート申し込むんや。
ひとり駄目やったら、また次や。
うまく行ったら、ひたすら仕えるんや」

試してみた。

いとも簡単に、沢山の女性と喫茶店へ行ったり、遊園地へ行ったり。
『見目麗しく才長けて』
そんなありもしない宝探しから解放された気分。

病床の妻を見舞った。
花束を添えた。

「ユキオ大学の優等生やね。アナタは、」
麻痺の残る顔を顰めて、妻が微笑んだ。



(ちゃぺる10-5)  三 姉 妹    9月13日


母の小商いの手伝いは、もっぱら私の仕事であったが、
病を押して、父がお客の大学教授宅へ配達に行った。

同級生の娘とふたりの姉たちのいるお宅への配達は、
中二の男子には女風呂の暖簾の前に立つに等しい。

「俺は待ってるぜ」

玄関先で、三姉妹がそう言って父を迎えたらしい。
半缶に詰め合わせた菓子が、姦しく奥の間に消えた。

「良いところのお嬢さんたちは、罪がないのう。
のびのびと、先生ご夫妻がお育てなんやなあ」

三姉妹には、その後、二度会うことがあった。

大学二年生の時、引っ越しの手伝いに行った。
二階の六畳間をふたつ繋いだ姉妹たちの部屋に始めて入った。
三姉妹が声を揃えて言った。

「俺は待ってるぜ」

それから三十年、新聞の訃報欄に先生の名前を見た。

焼香の番が回って来た。
奥様と三姉妹に深くお辞儀をして、
ぼそぼそと小さな声でお悔やみを言った。

三姉妹は、ゆっくり、喉の奥に圧力を加え、
唇を読めと言わんばかりに声を揃えた。

「俺は待ってるぜ」




(ちゃぺる 10-4)  東京音頭   8月24日


「来るのが遅いですね。 何してたの!」
「いや、その、あのぅって、はっきりもの言いや!」

サトシ君に会うと、必ず、フォルテシモで何か言われる。
好い加減な返事は出来ない。

たまたま、サトシ君を作業所へ送って行くことになった。
何かを言わさないように約束の三十分前、自宅に着いた。

母親に急な用事があり、サトシ君と二人っきりになった。
作業所の始まる時間まで町内をドライブした。
サトシ君はドライブが大好き。

長い沈黙が生じた。

「サトシ君、お絵描き道具とかちゃんと持ってるよね」
実に好い加減で場当たりな問い掛けを試みたが、私の心は読まれているようで、
彼の不機嫌を後部座席に感じた。

東京音頭!
母親から聞いていた。

「はあぁ〜、踊りおぉどるなぁら〜」
譜面通り正確に歌った。

手拍子を伴ったテノールが両の耳を襲撃した。

「おっちゃん、上手いな。
やったら、出来るやんか!」



(ちゃぺる10-3) スカートの中  6月1日


        ロトのうしろにいた彼の妻は、振り返ったので、
          塩の柱になってしまった。(創世記十九章二六節)


役所へ行く用事があった。

二キロほどの道のりを血圧のために歩いた。
携帯電話に着信があった。
妻が、スーパーに行くので同じ道を後から車で追いかけると言う。
急に歩く気がしなくなった。

「あなたは、難しいことがあると直ぐ問題をわたしに振り向ける。
わたしのスカートの後ろに直ぐ隠れてしまうんだから」
先輩の牧師が、いつも、奥様に小言を言われていた。

役所の方に目を向けながら歩いたが、耳は後ろを向いていた。
背後から来る車のエンジンの音が気になって仕方がなかったが、
後ろは、振り向かなかった。妻に甘えることは、沽券に関る。

妻の車に拾って貰おうなどとは、オクビにも出さない素振りで歩いたが、
その魂胆は、見透かされているような気がした。

何台かの車が、歩道の私を追い越した。
しかし、妻の車の気配は、一向にしない。
どうせ、出掛けにお喋りな仲間の電話でもあって、話し込んでいるのだろう。

後ろを振り向いた。
聞き慣れたエンジンの音と、運転席の勝ち誇った妻の眼が、そこに、あった。

「さあ、わたしのスカートの中におはいりなさい。
お待たせしました。お歩きは、さぞ、お疲れでしょう」

 ロトの妻の無念を思い知った。




(ちゃぺる 10-2 )  戦 争   5月1日


大阪で戦争があるという。
カメラを持って阪急電車に乗った。

梅田に着いたが、無性に空腹を覚えた。
大衆食堂に入った。

年配の警察官が、前の席に腰を下ろした。

職務質問が始まった。
二十歳であること以外、一切、質問に答えなかった。

戦争をカメラに収めた。
翌朝の新聞に、同じアングルの写真があった。



(ちゃぺる 10-1 )  牧 師 給    2006年1月1


牧師給を補うために、内緒で働いた。

『安全第一』
『指差し確認励行』

「時間来るまで、おったらええのや」
「出来ても出来んでも、ハイ、ハイ、言うとったらええのや」
「そやけど、怪我だけは、したらあかんのや」

四十、五十の良い年をした人がそんなことを言う。
いくつもの工場や倉庫を渡り歩いて来たと言う。

役員会は、牧師のアルバイトは禁止だと言う。

川谷拓三が、賭け喧嘩で糊口を凌ぐ貧乏牧師の役を演じる。
埠頭の倉庫で死闘が繰り広げられる。桃井かおりが演じる
牧師夫人は、ヌードモデルのアルバイトで生活費を稼ぐ。

妻とテレビに向かって野次を飛ばした。
「いくらなんでも、そんなことは無いやろ」
「でも、川谷拓三、ほんまの牧師さんみたいよ」
「うちの教派にはいるかも知れんな、こんな牧師」

荒馬だか黒豹だか、そんな意味のエンブレムを鼻先に付けた
スポーツカーが教会の庭に入ってきた。
星山牧師が降りて来る。

「星山さん、賭けボクシングでそのクルマ買ったの?」

そんな訳は無い。
安全第一の工場に出勤する時間だ。


ボクらの滑(ぬめ)り跡
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No.6 夏号(1〜15話

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No.8 続2(1〜7話

No.9 続3(1〜8話

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