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ボクらの滑り跡 No.4

 歳末特集号
(1−10話



−すべてそうさくしたおはなしです−

No.1 創刊号(1〜10話 11〜20話 21〜30話 31〜60話  61〜66話) 
No.2 夏号 休み特集号(No.2)
No.3 秋号(1〜10話 11〜20話 21〜24話
No.4 歳末特集号(1〜10話
No.5 冬号(1〜10話
No.6 夏号(1〜15話

No.7 続1(1〜12話
No.8 続2(1〜7話

No.9 続3(1〜8話


夫を小突き回す妻たちと小突き回される夫たち(ヘンペク)に捧ぐ

凡て労する者、重荷を負う者、われに来たれ、
われ汝らを休ません マタイ伝 11章28節



(ちゃぺる 4−1) 六十歳です
   11月4日(火)


「わたし、六十歳です」

二十歳代の青年であった私に、その女性は、
尋ねもしないのに自分の年齢を告げました。

長身の美人です。
知性の美しさが、際立っています。

ある教会の付属幼稚園で出会った主任先生でした。
私が「素敵な女性だ」という視線を向けたと同時に発せられた言葉でした。

モンゴメリの「赤毛のアン」を対訳で読みました。
「アボンリーへの道」は、全て録画しました。
女性教師をこどもが、「Miss!」と呼びかければ、それは「せんせい!」の意。


「ミス」や「フロイライン」と言う敬称が、「威厳」を伴った響きをもって、
その人のポジションを表わしていた時代がありました。

この女性の名刺の英語表記には、
『Miss Kaoruko』に姓が続いていました。  

ご健在であれば、九十歳手前のお年です。
女性としての美しさの頂点を極めておられることが想像に難くありません。




(歌謡学院 4−1)
 トリック・オア・トリート  11月4日(火)



あわてもんのヨメは、高校生の頃、心斎橋で
かしまし娘と目と目が合うて、
「こんにちは、お元気ですか?」

「あっほちゃうか、しかし、おまえ」

先週の金曜日や、ハロウイーンの日や。

カボチャの形したクッキー作ってん。近所のこどもに配ったろ思うて、
近くの大学の交差点まで来たんや。

そしたら、タクシーから、恩師の教授が降りて来やはった。
挨拶したら、「お元気ですか?」と返された。

「先生、今日、ハロウイーンですね。
これ、ボクが作ったオリジナルのクッキーですねん。
トリック・オア・トリート?」

「ありがとう」

ありゃ、面識は一応あると言えばあるんやけど・・・
あのセンセ、NHKのテレビで講義したはったセンセやんか。

神学校の樋栗教授とよう似とるけど、
よう見たら、えらい若い。

「それで、テレビ出たはる人にクッキーあげたん。
へーえ。あっ、そうなん。へーえ」

憎ったらしいヨメの口。





(ちゃぺる 4−2) 礼  状 
  11月5日(水)


始めて赴任した教会に、増山さんという献身者がいた。

福祉施設の職員であったが、牧師の道を志す何かがあって、
妻子を連れてでも東京の神学校で学びたいと言う。

「あなたは、牧師さんのタイプでは無いですよ」と、私は、
増山さんが年長者であるにもかかわらず、ずけずけと嫌なことを言った。

その夏の教会学校のキャンプで、
増山さんはかがり火のまわりを『おたまじゃくし』になって踊った。

こどもたちの目が釘付けになった。

東京の増山さん家族に、相当な援助を教会から送ることにしたが、
礼状一つ来なかった。

「増山さん、あんたは、ボクの給料の三分の一を黙って貰うんですか。
教会にお礼の一言も書けないんですか」と嫌味な手紙を書き送った。


「錦江湾を一位で泳いで渡りました。
新聞にも載りました」

二十年の月日が流れ、やっと、一通の手紙が来た。

三男五女に囲まれた増山さん家族の写真が添えてあった



(歌謡学院 4−2)  ぐちゃぐちゃ  11月5日(水)


あー、いそがし、いそがしい。
ハンバーグ作らなあかんわ、晩ごはん」

掃除機、ガーガー、ズーズー、喧しい音させながら、ヨメがおっきな声で叫んどる。

「わかった、わかったがな。
作ったらええねんやろ」

洗濯もん畳む手ぇ止めて、エプロン付けるボク。

邪魔くさがっとったら、エライ目ぇにあうんや。
シェフは忙しい、ほんまに。

長い付き合いやったけど、
ずっとネコかぶっとったヨメ。

新妻の定番や。ハンバーグちゅうたら。
そやけど、最初からエライもん作りよってからに。

思い出すたんび、ぞっとするワ。

「あんた、出来た?
あんなもん、ぐちゃぐちゃっとやったら、
すぐ出来るやんか」

ぐちゃぐちゃっとなあ。
そんなもんかも知れんな。



(ちゃぺる 4−3) 左 端
    11月6日(水)


「いつもお元気なご様子、何よりですね」

「ほーお、これは何と言う食べ物ですか?
初めていただきます」

そういう太鼓持ちのような口調だけをどこかで覚えて来た双子の兄弟が、
そろって怪しげな神学校へ行くと言う。

「ボクたちは、センセよりもずっと人と上手く話せます。
人のこころが掴めます」

「止めときなさい。悪いことは言わへんで」


神学校への推薦状をお願いするため、
母教会の牧師館を訪ねた。十八歳だった。

「キシモト君、
大学でも、就職でも何でもええ。
あと四年して、もう一度来なさい」


双子の兄弟にも同じ事を言ってやった。

「サタン!」と罵られた。
『左端』と聞こえた。



(歌謡学院 4−3)  ポ イ
  11月6日(木)


西九条のスナック、懐かしいワ。

可愛いコ、おってん。

「うちの家な、おとうちゃんがな、寅さんみたいな商売してはってんやわ。
そやから、いっつも、弟と二人で暮らしてたんやで。
お母ちゃんはな、はじめっから、おらへんねん」

「それで、お父さん、どないな商いしてはったん?」

「金魚すくいの店やってはってん。
あの金魚すくいのすくうもん、あれ何ちゅうか知ってる? 
あれな、ポイちゅうねん。すくうのに、ポイやて、なんか悲しいやろ」

「ほんまやな、なんかワシ、可哀相な気持ちになってきたわ」

「そやから、あんたも、うちのこと捨てんといてな。
ポイしたら嫌やで。ボトル、キープする?」

「ボトルもお前も、キープするで、
ポイせえへんで、ワシは、、、」

ボクのハナシちゃうで、お人よしのツレのハナシや。



(ちゃぺる 4−4) 海の家伝道所  11月7日(金)



月刊『基督教先鋒』が届く。


大きな葬儀の後、自動販売機の前の溝に百円玉を落とし、
自分へのご褒美の発泡酒を買い損ねた牧師の閑話が面白い。

消息欄に目を通した。


キシモト牧師、京都教区・奥山教会を辞し
四国教区・海の家伝道所主任・担任に就任

「四国教区の堀山さんな、海の家伝道所ちゅうて、
八幡浜の海水浴場でカキ氷売りながら伝道する言うとったけど、
今年の冷夏でさっぱりやってな。
落ち込んで神戸のヨメはんの家に帰ってしまいよったんや」

「そんな伝道所やったらボク、大得意ですわ」

教区の定例牧師会の休憩時間、人事の原田牧師に軽口を叩いた。
原田さんは、いらち(注)であわて者。

人事のことは、どこの世界でもデリケートなのに、
案の定、私が、すでに堀山さんの後任で伝道所に赴任したと
原田牧師が基督教先鋒誌に書き込んでしまった。

『海の家』ですか。
これから冬に向かいますけど。
 
いらち=大阪弁で気短のこと





(歌謡学院 4−4) 低血圧    11月7日(金)


「ばあさんはクサイから・・・」

年寄り役のモリシゲが、茶飲み友達役の浦辺粂子をかんかんに怒らっしょる台詞や。
昔の映画やけど。

もうすぐクリスマス。

何でやてか?

ヨメがリース作るとか言うて、
近くの山へ行って木の実ぃやらツルやら、
なんやかんや集めてきてな。

夜遅うまで手芸教室の仕込みや。

なんせ低血圧やから、夜遅いのだんだん調子出るねん。
そやから夜中の一時過ぎても風呂行く時間あらへん。

「あんたはもう寝て。
わたし、今日、お風呂やめとくわ」

ボクは烏の行水で風呂嫌い。
いっつも言われてることな、
恐る恐る、言うたったわ。

「風呂入らへんかったら、
ク・サ・イで」





(ちゃぺる 4−5)  愉 快     11月10日(月)


 『宣教の原点を問い直す ―
イエスと船釣りのひと時』

丹後のホテルで開催される牧師研修会の案内が来た。
釣り好きの井守牧師らしい企画だ。

夕食の時間となった。

指名された長老格の牧師が、食前の祈りを捧げた。
祈りは、余りにも長すぎた。

引退後の孤独な生活が長いのである。
妻にも先立たれていた

カセットコンロの着火ダイヤルを回す音が静寂を破る。

カチャ! 

隣に座っている教区議長の佐山牧師だ。
気短で通っている人。

カチャ! カチャ! カチャ!
カチャ! カチャ!
カチャ!

年長者への非礼がどうのこうのを超えた
愉快がそこにあった。





(歌謡学院 4−5) 援護しろ    11月10日(月)


大阪の丸善で本の立ち読みしてた時のことや。

お菓子の本を読んどったんや。だいたい何でも作れるから、
わざわざ本買うたりはせえへん。ま、参考に、ちゅうことや。

話し変わるけど、バタヤン、田端義男、クッキー作ったりできるねんで。
知らん人多いやろ。
一家離散で丁稚に出されてな、洋菓子職人やったはったことあるからね。

急にあたりが暗うなった。
それに狭うなった。
180センチぐらいのニンゲン、5、6人に囲まれた。

「センパーイ、お菓子の本、ここにありますヨオ」
「うわ、おいしそうやんか。こんなん、どないして作るん?」
「このシュークリーム、飴の網かけたるわ。うまそー」

全員頭角刈り。どっかの女子高のバレーボールの連中や。

喧しい! お前ら。
ワシがここにおるのわからんのか。
頭の上でハナシするな。

「リトル・ジョン! 援護しろ!」
手榴弾投げるぞ、お前ら。ワシは、サンダース軍曹や。

(リトルジョンが、命知らずの背高男ちゅう解説いらんやろ)



(ちゃぺる 4−6) 真 髄 
   11月11日(火)


ある日の放課後、全校生徒が校庭に集合させられた。
学年やクラス別ではなく、居住地単位で集まれと言う。

それぞれの単位に、一人づつ教員が配置された。
大きな力が上から働いている緊張が感じられた。

私の単位には、中一の時の担任、矢田先生が割り当てられた。
ベレー帽の良く似合う手塚治虫に良く似た温厚な先生だ。
英語の先生だが、賞を貰うような絵描きでもあった。

お立ち台の上から指示があった。担当の先生と話し合って、
早急に、何でも良いから『文化的』な活動を行えとのこと。


何かの辻褄合わせであることは、容易に察せられた。
仕方なく、野外で写生でもするかと言うことになった。

日曜日、矢田先生と『天神さん』で待ち合わせをした。
画板を持って待ち合わせ場所に来たのは、
私とカメラ屋の息子の二人だけだった。

カメラ屋の息子は、自慢のライカも持って来た。
矢田先生は、イーゼルを担いできた。

対象を写し取ることの真髄を示された一日であった。



(歌謡学院 4−6) 快速急行  11月11日(火)


急行と快速急行、紛らわしい時あるな。

特急ちゅうたら、電車の色ちゃうから直ぐわかるねんけど。

よう確かめんと、『急行』に乗った。

ボクの町、京都から急行乗って、三つ目で各停に乗り換えや。
もう直ぐ着くなと思うとったら、スピードが落ちへんのや。

車内ガラスキやったから運転席よう見える。
スピード上げる動作しとる、運転士の奴。


こら、止めんかい!


そうか、そう来るか。停車せえへんのやな。
今日の夕刊、楽しみにしてるで。


―うっかり運転、停車駅止まらず―


「あんた、また快速急行乗ってしもうたん。
あほやな。学習能力ないの?
これで何べん目」

また、ヨメに言われてしもうた。しゃーないから、
中川家の電車ギャグで誤魔化したわ。阪急、京阪、近鉄。

そやそや、もっと古い漫才のネタも思い出したで。
「落ちる人が死んでから、ご乗車ください」



(ちゃぺる 4−7)ぼうやちゃん
  11月12日(水)


小学校の四年生というと、学校の帰り道が楽しい。

佐野山君の家の前に来た。大きな洋館建の家である。
木の茂みで門から玄関が見えない。

「ぼうやちゃん、お帰りなさい」

住み込みの婆やが、彼をそう呼んだ。
その日から、それが彼の渾名となった。
ハイソな友達の存在を大げさに父母に報告した。

ぼうやちゃんの両親は、貿易関係の仕事で、
いつも家にいないらしい。

ある日の帰り道、婆やさんがボクらに上って欲しいと言った。
よくある小説の展開と同じだ。
豪華な調度品、ケーキに紅茶。

昼の四時頃なのに、『すき焼き』が始まった。
豪勢なものだった。夢中で食べた。食べたが、
だれもが、家に帰って母親に問い質される恐怖に脅えた。

「あんたが、体の調子悪い?
ごはん食べとうない?
おとうちゃん、このコ、変やわ。
あんた、なんか親に言えん嘘ついてるやろ!」



(歌謡学院 4−7) 歯ブラシ  11月12日(水)


むかし男前通した奴でもな、口臭いの多いな。

トシとるとな、歯のエナメル質硬うなるさかい、
虫歯なりにくいやろ、そやから、どうしてもズボラになる。

おっさんの口は、ヒジョーに臭い。

爽やかなカレッジフォークちゅうのが流行りやった。

榊原君、歌うまかってん。ええ声やってん。爽やかやってん。
囁くようにハナシしょるねん。オンナのコらがな、
その時漏れる息がたまらんちゅうてな。

白いジーンズよう似合うとってん。

それがや、今はただのドロ亀。口めちゃ臭い。

その伝説の榊原がな。親の跡継いだ町工場の金策尽きて、
近所の郵便局へ強盗に入りよったんや。

「騒ぐな!
この袋に、7万8千円5百円詰め込め。
言うこと聞かんかったらな」

手ぇに何か持っとる。

「言うこと聞かんかったらな
この歯ブラシで、歯磨くぞ」



(ちゃぺる 4−8) 絞首刑      11月18日(火)


北山先生のお宅と町内の人が呼んでいた家がありました。

ひっそりとした佇まいで、近所とは没交渉。
懐剣を胸元に佩びているかのような雰囲気の夫人、北山のおばさんは、
時折見かけることがありました。

「北山先生が亡くならはってから、
あの奥さんな・・・」

町内の人たちは、おばさんが外出すると必ず、
その後姿に目を遣りながら勝手なお喋りを始めました。

「オトコはんと話するような仕事やて。
わてらにはな、そんなコト」

ある晩秋の朝、町内が騒然となりました。

大人たちが、手を喉元に当てて、
「コレ、コレやったそうや」
「鴨居の下、エライことやった。あれはいかんな」

二等兵物語の上映は、時事ニュースの後です。
アウシュビツの焼却炉に続いて、東京裁判の判決。
デス・バイ・ハングの字幕は、絞首刑の一語。

首吊りごっこが、子供たちの間に暫く流行りました。





(歌謡学院 4−8) お椀出せ
  11月18日(火)


お椀出せ。 
茶碗出せ。

何のことか分かるかな。

夜ラジオ聞いとってん。
「おぼん・こぼん」の漫才や。

家にあるもの使うて、誰にでも出来る忘年会のかくし芸、
教えますちゅうて。お椀を右手、茶碗を左手に持てやて。

「聖者の行進」歌い出しよった。
あんなこと三十年たっても、まだやっとる。あの二人。

♪ オーワン ダッセ チャーワン ダッセ

♪ オーワン ダッセ
♪ チャーワン ダッセ

掛け合いまでやっとる。

なんやて、木曜日は収穫感謝礼拝やて。
園田センセの保育園来てってかいな。
人参の笛、こどもの前で吹いたって欲しいってかいな。

「おぼん・こぼん」の話したばっかりやないの。
ボクも三十年やっとんねん。おんなじコト。



(ちゃぺる 4−9) 姉さん女房   11月27日(木)


豊中から転校してきた女の子が、隣の席になった。

私の通った公立の中学校では、男女ペアの席順になっていた。
それで、前後の二組が気の合ったような場合、
仲の良い若夫婦のご近所みたいな雰囲気になり、実にスリリングな毎日を過ごすことになる。

一学期の終わり、横に座っていた『妻』が転校したので、私は、やもめになってしまった。
『後ろの奥さん』が気を使ってくれたが、その『夫』に借りを作っているようで、
毎日が面白くなかった。

豊中から来た子は、大人の女の人みたいな感じだった。
姉さん女房は、何かに付け、私によくしてくれた。

ある日、母親の言い付けで郊外に自転車を走らせた。

二階建てのポーチのある家の前を通りかかった。
色白の和服姿の綺麗な人を、遠目に、そのポーチに見た。

「豊中から来た子や」

次の日、体育の授業があった。着替えは男女同じ場所だ。
今にして思えば、すごい中学に通っていたものだ。

今度の妻は、恥ずかしそうに着替えた。

誰にも見せたくない強い衝動に駆られた。





(歌謡学院) 消えた恋
   11月27日(木)


久しぶりに「東京ボーイズ」見たわ。

「謎賭け音頭」に始まり、「中之島ブルース」に終わる。
あの毎回、同じネタちゅうのが堪らんね。

芸の道は精進てなことよう言うやろ。
あれは嘘や。精進してまっせちゅうような芸見ておもろいか。

♪水の都に消えた恋

中之島ブルースの二番の歌詞や。
「消えた恋」やのうて、「捨てた恋」やんか。
三十年、間違い続けとる。直しもしよらん。
そやけど、それがええのや。あのエエ加減。
ナマケモン丸出しちゅう感じの向かって左端の小男。
あいつ、おもろい。

♪赤いネオンに 身を任せ
♪水の都に 消えた恋
♪会えば分かれが 辛いのと

最初だけ歌わせてもろうて、真ん中なし。
「ナカノシーマ ブルース」のコーラスにかぶせられて、
どっと笑い取りよるねん。

僅かな金儲けに命を賭けたらいかんと、
「おぼっちゃま」も言うとるやんか。


(ちゃぺる) お嬢様!    12月4日(木)


小学校五年生の時、母親の小商いを手伝った。

交通の便が良くなかった時代、
農家の人たちが町の商店街へ出向いての買い物は大変なことであった。

母は、それに目をつけて少し高級なお菓子を農家に販売する商売を始めた。
米が代金の代わりだったので、それをお金に換えなければならない。
配達が私の仕事だった。

米は上質だったので、得意客が出来た。
「キシモトです。おこめを持って参りました」
大学教授や会社重役宅の勝手口をくぐった。

「ご主人様、お代金はまた奥様から頂いておきます」
「奥様、今年の新米は非常に良い出来ですよ」

「お坊ちゃんは、お風邪でおやすみですか、 お大事になさって頂いてくださいませ」
「お嬢様、重いですよ。お運びしましょう」

得意先のお宅の人たちとそんな会話を交わした。
内向的な性格の私に、よくもそんなことが言えたものだ。

同じクラスの女の子の家もお得意さんだった。

「キシモト君、歳末助け合い募金、明日から、朝と夕方、駅前に集合よ。
わたしたちの班が一番乗りしますからね」

「はい、お嬢様!」





(歌謡学院)  ミシン
     12月4日(木)


昔のハナシやけど、女の子と河原町歩いとってな。
「キミ、いっつも家で何しとるん」ちゅう話しになったんや。

「ウチはな、洋裁好きやろ。
そやから、たいてい家にいる時な、ミシン踏んでるねん」

純なボクは、その頃、女の子と付き合うちゅうことは、
『ケッコン』することと思うとったから、ミシン、ガタガタ
踏む家庭生活想像してな、付き合い止めてしもうた。

「あんた、それで、ヨーサイガッコのコと付き合い止めたん。
別嬪さんやったんやろ。そのコと結婚したらよかったのに。
惜しかったなあ」

夜なべでミシン踏む生活嫌やねん。
あのビンボーの音が耐えられへんねん。ボク、、、
経験せな分からん。なんちゅうたらええかな、その辺。

ところがや、ミシン踏む女と結婚してしもうたんや。

クリスマス近づいて来よった。
教会のこどもにプレゼントやちゅて、
夜明けまでガタガタやりよる。


♪津軽の海を越えて来た 江差恋しや ニシン場育ち
― ミシンバ ソダチ ― 

お前は、こまどり姉妹か。




あとがき

この創作日記は、キシモト牧師とその友人のデスク・リューノスケが、
余りの退屈の日々の徒然に、眉間に残る天下御免の向こう傷の疼きに
快を覚えた日々を追憶しつつ、ナメクジの這った滑り跡を追いかけるように、
「ボクら」のジンセイを精査したカキモノである。

ボクらには、ほんの少しのお湿りが嬉しい。
このご時世のあまりの乾燥が悲しい。

「オタクもそう思わはりまっしゃろ」

印象派が好きなのだ。

牧師の話は、「ちゃぺる」に、キシモト歌謡学院のネタは、
「歌謡学院」にと書き分けてみた。境界線が明確ではないが。


−すべてそうさくしたおはなしです−

No.1 創刊号(1〜10話 11〜20話 21〜30話 31〜60話  61〜66話) 
No.2 夏号 休み特集号(No.2)
No.3 秋号(1〜10話 11〜20話 21〜24話
No.4 歳末特集号(1〜10話
No.5 冬号(1〜10話
No.6 夏号(1〜15話

No.7 続1(1〜12話
No.8 続2(1〜7話

No.9 続3(1〜8話

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