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ボクらの滑(ぬめ)り跡 

創刊号 1〜10話


     −すべてそうさくしたおはなしです−


No.1 創刊号(1〜10話 11〜20話 21〜30話 31〜60話  61〜66話 
No.2 夏号 休み特集号(No.2)
No.3 秋号
(1〜10話 11〜20話 21〜24話
No.4 歳末特集号(1〜10話
No.5 冬号(1〜10話
No.6 夏号(1〜15話

No.7 続1(1〜12話
No.8 続2(1〜7話

No.9 続3(1〜8話

                  

(ちゃぺる 1−1)  お よ よ    5月28日(水)


敬愛して止まない老師、大奥先生は、往年の時代劇俳優の
大河内伝次郎にその風貌も話し方も瓜ふたつ。

「先生、これは右ですね」と、一人の教会員が同意を求めると、
「そう、それは、みっ、みっ、み、およよ・・・」

反対の立場の人が、すかさず、「先生は、左とおっしゃってるんですね」と、
詰め寄れば、「そう、それは、ひっ、ひっ、ひ、およよ・・・」

誰もが、「私の考えが先生に認められて、計画が思い通りに進んで行く」と、
ついつい錯覚してしまいます。

ところが、
先生は、右にも左にも行かないのです。
教会内はいつも大揉めです。

狭い艦内での二十四時間。
自らの人格を曝け出す事によって鍛え抜かれた『月月火水木金金』。
戦艦『霧島』の艦隊勤務で培われたリーダーシップが、この時、如何なく発揮されます。

教会員を前にして、先生が鶴の一声。
力強く、「およよ!」

この時初めて、『およよ』の意味が、正確かつポジティブに、
教会員全員へ徹底されます。

一つの事業の組織的展開が、開始される瞬間です。



(歌謡学院 1−1)   なきぼくろ     5月17日(土)


♪ 暗い酒場の 片隅で そっと笑った 
空似の女(ひと)の なぜか気になる 泣きぼくろ ♪   
              

同級生のそのコはやね、いっつも泣いとるような顔しとった。
中学生とは思えんお色気。それに、泣きぼくろがなんとも言えんのよ。

そやけど、ボクは、その時中二やったけど、ボクの異性への関心は、
ほかの女の子にあったんや。勉強ようできて、色白で、ちょっとぽっちゃり、
ルノワールの絵に出てくるような、ええしの子、医者の娘や。

小さな顔立ちで痩せとった。ナキボクロの方はな。母親と二人で母子寮に住んどった。
綺麗なコや。シルエットが、夢二の絵そのままや。

ある日のことや、ルノワールの手下が、「ナキボクロが、キシモト君ば好いとっとよ」と言いに来よった。
その瞬間、『てなもんや三度笠』の『なぜか女にゃ ちょいと弱い』が聞えて来てな、にやけたわ。ほんま。

次の日、出店の金魚屋の前で偶然、ナキボクロとぱったり出会うた。
息かかるぐらいの距離や。「なんて、可愛いコなんや」と思うた。
タマシイが抜けるような気がした。そやけど・・・
 
「おまんこと、好きじゃなかばい」と言うてしもうた。 

なんでか知らんけど、ボクには我慢でけへんかった。
ビンボー人同士ちゅうのが許せんかったんやな。

♪ 死んだあの娘も 生きてりゃ はたち 
俺も あん時や ウブだった



(ちゃぺる 1−2)  花 笠 道 中   5月16日(金)


八百屋の大将の鼻歌が、今も耳に残っています。

♪これこれ石の地蔵さん、西へ行くのはゴリラかえ〜♪

時は、昭和の三〇年代、
これから高度経済成長が、始まろうとしていた時代です。

八百屋のオヤジは、勝手に歌詞を変えて歌っていたのですが、この歌は、
美空ひばりの『花笠道中』という歌です。映画の挿入歌であったと記憶
しています。テレビ時代の始まりであり、脳天気な時代劇全盛の時代で
もありました。  
            
これこれ石の地蔵さん 西へ行くのはこっちかえ だまって居ては判らない 
ぽっかり浮かんだ白い雲 なにやらさみしい 旅の空  
いとし殿御のこころの中(うち)は 雲にお聞きと 言うのかえ

西への道―西方浄土・天国への道を、石の地蔵―形骸化した宗教に尋ねた
とて返事は無い。確かなことは・・・・・互いの肌温め合う男女の睦び。

しかしそれとて、相手が本当は何を考えているのか―殿御の
こころの中は、良く判らない・・・・・れんげタンポポ花盛り。

浮かれたご時世だけど、なにやら虚しい、寂しい。
雲や風は、何も答えてくれない。

三番の歌詞で、「せめて寄り添う道の端(はた)」と結んでいます。





(歌謡学院 1−2)   た ら い 舟    5月25日(日)


一度乗ってみたいのが、テレビの旅番組で見た『たらい舟』。
なんでかそんなこと思うて、うたた寝しとったら、機嫌よう、タライを海に
浮かべて、器用に櫂を漕いでいるやないの。めちゃ楽しいねん。

ところがな、沖のほうから、「ぽんぽんぽん」ちゅう音して、ちっちゃい船影
がだんだん大きゅうなってきよる。こっちは、舵が思うに任せん『たらい舟』や。

「危ない!」ちゅう間もなく、ぶっつけられた。

その船よう見ると、舵取っとるん我がヨメ。目ぇ合うたか思うたら、
ちょっとバックして、またこっちへ船首向けて、右手のスロットルバーを
思い切り前に倒しよる、エンジン全開や! 

ヨーソロー!

「ぽんぽんぽんぽんぽん」、焼玉エンジンの音が水面に響き渡りよる。
もう一度、思いっきり、ぶつけよって・・・ボクは、海に放り出された。

「あんた! 頼んどいたクッキーまだ焼いてないの!」

「あのな、ボクが、『たらいの舟』やからちゅうて、
何もあそこまでせんでもええやろ。だいたいお前は、ムカシから、
加減ちゅうもんを知らなさ過ぎるんや」

にっちょ(日曜)の昼ぐらい、ゆっくりさせてぇな。





(ちゃぺる 1−3)   Believe!   5月17日(土)



私たちの世代は駄洒落が大好きです。

下らない駄洒落を飛ばした瞬間、平素仲良くしている若い連中に、
「寒い!」などと突っ込まれますと、思わずにんまりしてしまいます。
ただし、関係の出来ていない者同士が、互いの空気を読めずにこれを
致しますと生理的な嫌悪が充満する空間となりますので互いの注意が必要です。
『「親しき仲にも礼儀あ』」を『下敷きの中にも筆箱あり』とか、
机の上の便箋を捜す時など、ぶつぶつ独り言で、「えーっと、便箋、便箋はと・・・・ 
便箋と言えば、ビンセント・エドワード、
ビンセント・エドワードは、ベン・ケーシーなり」とか、
訳の分からないことを言って悦に入っている御仁を時折見受けます。

ところで、教会や牧師をコケにした外国の漫画をみていましたら、
これまたかなりお寒い駄洒落がありましたので紹介します。

牧師が、「信ぜよ!」と叫びます。 (Believe!)

すると、ミツバチ(bee)の信者たちががっかりした顔をして
教会を去り(leave)ます。

『ビリーブ』と『リーブ・ビー』が掛かっているという訳ですね。 





(歌謡学院 1−3)  前のヨメはん   5月26日(月)


ボクには、ブルーグラスちゅう音楽のナカマ、沢山おるねん。
非常に高度なテクニックのアンサンブルが必須なんや。そやけど、
演奏上手すぎるちゅうのがウラに出て、客が聞き流しよるちゅうこと、
あるねん。そんな時な、

「キシモトさんが来てます。どうぞステージへ」


・・・・・今日ね、ここに来る前に別れた前のヨメがね、
「大阪ドームでコンサートするから見に来て」ちゅうてチケット送って
きよったんや。それで、初めてドームへ行ったんやけど、大きいな、あのドーム。
いっぺんボクもあんな所に出てみたいもんやわ。

それでね、美津子、前のヨメはんの名前やけど、昔、うちの近所の風呂屋に
ボイラーマンの親父と住み込んでたあの美津子があんな広いドームでコンサートや。

「前の亭主が見に来てくれてますねん。
みなさん、あそこ、あそこに、おりますわ。ダーリン!」ちゅうてステージから
照明さんに指示してボクを照らしよるんや、照れくそうて、照れくそうて・・・・・


ここまで話したら、仲間の人たちがヨメに、

「ええー、知らなんだ。キシモトさんって中村美津子と夫婦やったですか。
奥さんあんなこと言わしといてエエんですか?」

「あんたらネ、ウチの主人とはわたしより長い付き合いやちゅうのに、
まだ、あの人のことゼンゼン分かってへんのやね」

呆れきったヨメの顔。





(ちゃぺる 1−4) もっこしょのてったい  5月23日(金)
 

寅さんの映画に出て来そうな木工所を経営している友人がいます。

物を丁寧に作り、大切に使うという時代が過ぎて久しいにもかかわらず、
儲けの出ない工場をなんとかやりくりしています。
年老いた母親も同居しています。そんな彼が四十歳を過ぎて、
ひょんな出会いから一回りも若い女性と結婚する事になりました。

元気な女の子も生まれました。

娘さんが保育園に通い始めた頃、
「大きくなったら、何になりたいのかな?」と保母さんに尋ねられた彼女は、
たどたどしいものの言いようで・・・・・

「もっこしょのてったい」

翻訳するまでもなく、「おとうさんを助けて、木工所の手伝いがしたい」
と言う意味ですね。

手間暇をかけて真面目に物を作っている親の姿が、おじょうちゃんには誇り
だったわけです。

奥さんに見つかったら大変なことになる盗み酒。

僅かだが豊かな時間。生温かい缶ビールを片手に隠し持ち、犬小屋のある物干しで、
「もっこしょ」、「てったい」と、つぶやきながら、さめざめ泣いている、
わが愛すべき友す。





(歌謡学院 1−4)  スマタポポヒ  5月30日(金)


学生時代の話やけど、顔見たら知ってるちゅう程度の知り合いのヨメはんから、
ある日突然、「わたしらアメリカへ一年留学するケン、英語教室帰って来るまで
面倒見といてな。あっ、それから、儲けの半分はわたしらのモンやケンね」と、
勝手な調子で捲し立てられ、英語教室を押し付けられてしもうた。

片仮名のルビふってある市販のええ加減な本使うて、英単語を発音して書き写す
ちゅう寺子屋風の授業。それに、生徒の大部分は小学生ばっかしやから、何とかなる
やろ思うて引き受けてたんや。

ところが、ところがや。出発前のダメ出しで、
「キシモトさんは、発音悪いケン気い付けてね。boyの発音なんか特に変やケン。
boyはボイ! ちゃんと仮名ふったあるやろ」って言いよるんや。

「アクセントのある母音は、長く伸びて聞こえるから『ボーイ』で良い」、
そんな言語学的根拠に基づく説明が通じる相手なんかとちゃうねん。

なんせこのタイプ、伊予のオンナは母親で慣れとるケンね。

まっ、ええかと観念して授業しとったら、ひとりぶつぶつ言うとる
こどもがおってね。何言うとるんかいなと耳を近づけたら・・・・・

「スマタポポヒ、河馬は、スマタポポヒか」

スマタポポヒ? hippopotamus ・・・・・ 反対読んどる!

あんた業界のトーヒー?





(ちゃぺる 1−5)   びわをいじめる    5月27日(火)


この時期、季節を感じる水菓子といえば、「枇杷」ですね。

近くのスーパーで買ってきた枇杷を食べた後、半信半疑で、こどもと一緒に
種を植えた所、なんと人の背丈の倍ほどに育ちました。

ところが、何年経っても実がなりません。葉っぱばかりで実のならない無花果を
イエスが呪って枯らしてしまった話を思い出し・・・・・

「こりゃまずい、
何とかならんかのう」

「センセ、枇杷を甘やかしてまへんか? イジメやなあきまへんのや。
実ぃならそう思たら徹底的に虐めやなあきまへんのや」

枇杷の木の周りは日当たりも良く、生ゴミのコンポストで肥料はたっぷり、
土はふかふかです。そのせいでしょうか、枝は伸び放題です。
私は、教えられたとおり枝を払って枇杷の木を丸裸にしました。

次の年、実は一杯なりました。

花を育て、人を育てる園芸人としての確信に満ちた電話の声でした。
この人は、数年前、妻と息子を不慮の事故で失っています。





(歌謡学院 1−5)   生バタヤン    5月27日(火)
   

『6・7・4 田端義夫』、ボクのギブソンL3に、バタヤンのサインや。

平成六年ちゅうたらもう十年も前のことやね。
田端義夫が京都会館に来るちゅうんでギター持って出かけたんや。

乗ったタクシーで、「お客さんも今日のバタヤンのショーに出やはりまんのか?
バンドマンの方でっか?」、なーんて言われて上機嫌のボク。
なんちゅうても、キシモト歌謡学院の院長やからね。

ショー終ってホールへ出たら、サイン入り『バタヤンの人生航路』に長蛇の列や。
遠めに憧れの師匠をお初に見て、「この人はすごい!」と思うたね。
派手なアロハに白いスーツ、華のある歌謡曲の歌い手、夢を売る商売ちゅうのは、
かくあるべしや。納得するわ。

今日はもう充分や。生バタヤンを見ただけでも大きな収穫やんか。
下手に話し掛けでもしてイメージが壊れるような事があったら元も子もないわ。
そう思うたんやけど・・・・・

GIBSONのL3がすすり泣き始めよるんよ。
しゃーないやないの。思い切ってバタヤンの前に出たがな。

「センセ! このギブソンにお名前を頂戴できませんでしょうか?」 

近くで見たバタヤンは本物のクロウトの人、足が震えたわ。
「えろう古いギターやな。なに、ここに書くんか、よっしゃ、よっしゃ」

「あんたも結構古いギター使うてんのとちゃうの」

それは言わへんかったで。





(ちゃぺる 1−6)  ちいろば牧師    5月22日(木)


牧師の見習をしていた頃のことです。

尊敬する猪本先生は、十字架に赴くイエスを乗せた小さなロバのようでありたいと願い、
それを説教の中でもたびたびお話されたので、
『ちいろば牧師』とあだ名されていました。

ある日、牧師館ですき焼きをごちそうになりました。
猪本先生は、鍋に白菜と肉を交互に敷き詰めて、
その上から割下を注がれました。

「な、こうすると、ふんわりしたすき焼きができるんや」と、
得意そうに仰るのです。
私は、猪本先生が平素、『聖霊の導き』、『霊の賜物』、『霊的成長』等々、
そういうフレーズを強調されるのを思い出し、ここぞとばかりに、

「先生、これはまさしく、
先生オリジナル、『霊的』な、すき焼きというわけですね」と、
からかってみました。

すると猪本先生は、
「キシモト君! 何言うとんのや。
すき焼きちゅうのは、『肉的』なもんに決まっとるやないか」



(歌謡学院 1−6)  ふりふりチロル娘   5月31日(土)


大学の三年生ちゅうたら万博の時や。
あるパビリオンでな、キッツイ仕事しとってん。
ドライアイスでスモーク作る仕事や。これキツイねん。


休憩時間にな、外出たら、ふりふりチロル娘が、キャンデー売っとるねん。
チャーリーズ・エンジェルズに、そんなシーンあったやろ。
あれや。ふたことみこと話しとるうちに、
そのコは、近くのドイツの民謡酒場みたいな所にボクを連れて行っきょるねん

ビートルズの『ノルウエーの森』みたいやろ。

「あんな、ウチ京都のコやねんやわ。頼むから、一緒に居てえな。
もうすぐ、お父ちゃん、お見合いの相手連れてここへ来やはるねん。
ウチ、めちゃめちゃ困ってんねん」

貫禄のあるいかつい感じの銀行の重役ちゅう父親が、
ひょろっとしたマジメそうな男連れて、ボクらのテーブルに向かって来るやないの。

「あちゃー、これあかんでぇ」

そやけど、ボクは、だいたい根が真面目やから、ちゃんと席立って、
「初めまして、キシモトです」と、父親に挨拶や。

お父さんな、その男連れて、何も言わんと出て行かはった。

チロル娘は、けらけら笑いながら、ボクに寄り添ったままやった。



(ちゃぺる 1−7)   片腕の小男    5月29日(木)


片腕の小男       

咄嗟に飛び込んだ岩穴。
しかし、退避したのもつかの間。
その安全な場所を譲れと上官の命令。外に出される。
機銃掃射の弾丸は岩穴の中で暴れ回り、上官たちは即死。
気絶から目が覚めた時、
片腕を吹き飛ばされていることに気付く。

そんな人が高校の数学の教師であり、牧師でもあった伏田先生。

ある朝の礼拝で伏田先生は、寝ている生徒や私語を交している生徒たちの頭を
いつものように聖書の角で叩いて廻っていました。

「何すんねん!」

一メートル八〇センチ程もある大きな体格の生徒が、
伏田先生に掴みかかろうとしました。

「君、良く見なさい。
ここに大勢の人がいます。
君が、この風采の上がらない片腕の小男を殴ったら、
君は、一生涯、つまらん人間だと、
ここにいる人たち皆に記憶されますよ」(ママ)

この生徒が後日、伏田先生から洗礼を受けることになります。



(歌謡学院 1−7) また豆かよ、おったん  6月2日(月)


最近のクリント・イーストウッドの映画を見た。
軽口叩きながら、昔取った杵柄で宇宙船を運転しよる。
吹き替えは、なんちゅても山田康雄や。年寄りになっても格好ええのう、こん男は。
『ローハイド』の時代からずっとファンやねん。
牧童頭ローディーちゅう鯔背なカウボーイ役が好っきやったなぁ。

小林旭しかり。若い頃のクリント・イーストウッドのあの蒼く痩せた感じがええ。
そやけど、ローディーやリーダーのフェイバーさんよりもっと格好ええキャラクター忘れとった。
ウイッシュボーンの親父や。

ウイッシュボーンのメニューはいつも豆の煮込みばっかし。
商売モンの牛を食わせる訳にはいかんからね。
「また豆かよ、おったん」と琺瑯の皿にペシャッと盛られた豆をみんな文句タラタラ。
不味そうに食っとったな。

ウイッシュボーンは、台所馬車、英語でチャック・ワゴンちゅうねんけどな、
それをな一人駆ってカウボーイたちに先回りしてメシの用意しよるねん。
それはやな、かなり危険で度胸のいる仕事やで。

そう言えば、おったんは、カウボーイたちのカウンセリングも担当しとった。
なんせ、リーダーのフェイバーさんに直(ちょく)で持っていったらマズイことってあるもんな。

ウイッシュボーンみたいなニンゲンになりたいとつくづく思うな。

「おばはん、またこんなおかずかいな。
たまには、美味うて変わったモン食わせてな」

♪ ローレン ローレン ローレン ♪
          
                  (ローレンはrollingのことやけんね)



(ちゃぺる 1−8)   銃 剣 術   5月30日(金)


ある年の夏の日曜日、猛暑の中、都会(まち)の大きな教会へ出張。

説教を始めて十分ぐらい経ったでしょうか、
遅れて入って来たお下げの女の子が会堂内をうろうと歩き回り、
野太い声で、「お前なんか、お前なんか!」、
と叫びながら手提げ袋をぶんぶん勢いを付けて振り回し始めました。

良く見ると、男の子でした。
流行の女子高生の格好をしているのです。

「えらいこっちゃな」と一瞬思いました。
何処からか声が聞こえてきました。
「目を見るんや、キシモト君、目や!」
その声は、今は亡き南波先生の声でした。

南波先生は運転席に座ると無人車が走っているように見える程小柄なお体つき。
温厚で人懐っこいお人柄。この先生が銃剣術では部隊一の凄腕の持ち主であったことを
誰が想像できるでしょうか。

牧師会の席で、昔話の興に乗じて『銃剣術』の話をされたことがありました。
仲間の牧師から「そのコツは?」と聞かれ、適切な話題ではなかったなと照れながらも、
「人の動きは相手の目を見ることや」と答えておられました。

南波先生の声を聞いたと同時に、
ぶぅーんと唸りをあげてその手提げ袋が講壇の私に向かって飛んで来ました。

しかし、その動きのひとつひとつは、止まっていました。
安全にキャッチしたのでパニックは拡大しませんでした。



(歌謡学院 1−8) じゃんじゃん横丁  6月3日(火)


成人したばっかしの長女を『じゃんじゃん横丁』へ連れて行った。
その時、ボクは五十歳や。

人のマコトちゅうもんが溢れとる世界を見せたかったんや。
ついて来るにはついて来よった。長女ちゅうのは、だいたい表面的には従順やからね。

娘に、横丁の人間模様を一通り講義して、それから、もう何十年も行ってへん
パチンコ屋へ入ったんやけど・・・・・

場違いな雰囲気の親子。
その雰囲気は、ドブ板長屋に最近越してきた訳ありの身分の低いお武家の親子、
みたいな雰囲気、そんな感じやった。 
                
「7 7 7 !」、娘の台がヒット! えらい音でサイレンが鳴りよった。
店員が大きな箱持って駆けつけよる。

「せ、拙者は如何がすれば良いのじゃ」

横のおばちゃんが、「何、ぼやっとしとんのじゃ! この貧乏侍!」
自分の玉を一握り娘の台にほうり込むやないの。

えらい騒ぎや。

その後、娘が、フェスティバルゲートのジェットコースター誘いよった。

「父上、如何召されましたか、ご気分は?」
「た、たわけ者めが! 見たらわっかるやろ、このワシの真っ蒼な顔」





(ちゃぺる 1−9) コマドリシマイ   5月31日(土)


ちょっと変わった姿の薄緑色の大きな『蛾』が通りに面した壁にとまっていました。
近所の悪ガキが突っつきでもしたら可哀相だと思い、そっと抓んで空に向けて放しました。

蛾はマンションの三階ぐらいの高さに一気に急上昇。

「良いことをした」と悦に入っていると、大きな鳥がどこからともなく飛んで来て、
その蛾をあっという間に咥えてしまいました。

友人の家のネズミ捕りに、ネズミの子が掛かりました。処分する忍びなく、
息子さんが公園へ捨てに行ったそうです。

木の繁みの中に、「もう安全でチュー、逃げるでチュー」と逃がしてやったのですが、
これもあっという間もなく、どこからともなく現れた野良猫の餌食になってしまいました。


「キシモトのおっちゃん、ボク、こんな時、どう考えたらええんやろ。
コマッタ、コマッタ、コマドリシマイ」

雨の公園から発信したメールが届きました。

「その答えは無いんや。おっちゃんの蛾の話も聞いて」





(歌謡学院 1−9)  宝塚ファンコンテスト  6月4日(水)


デートの後、彼女、ちゅうても今のヨメやけど、湊町(みなとまち)までよう送って
いったわ。湊町の駅はミナミの繁華街、ナンバの端っこにあるんやけど、電車の形といい、
見慣れた阪急沿線の雰囲気とはえらい違うねん。つまりやね、湊町の駅は、田舎のコと交際
しとるちゅう思いを強うした駅やった。

大体、喋りのボクがおもに会話を進めるんやけど、ある日、話題がなくなってしもうた。
彼女はあまり喋らへんから会話の途切れは全然平気。

無神経な奴ちゃ。今もやけど。

「君、ボクな、宝塚すきなんやで。
よう昔ラジオでな、『宝塚ファンコンテストコンテスト』 聞いたわ。
あれは面白しろかったな」

重い口開いて、「わたしもその番組だい好きやった。よう聞いたわ」

「ウッソー! 法隆寺までファンコンテストの電波届くわけないやん」

京都の古い人間は、「京に生まれた言うだけでショウゴイの位がおす」、
なんて言うけど、阪急沿線に住んでいる人間も何やら似たような意識を持っていたんやね。

(注) 宝塚ファンコンテスト
宝塚のスターと素人のファンが、実際に上演された歌劇の台本の一部を渡
されて即興で役を演じその優劣を競った昭和三十年代の人気ラジオ番組





(ちゃぺる 1−10)  ブリキ屋さん   6月1日(日)

すこし昔、町内にはちょっと変わったものを作る職人が必ずいたものです。
こどものボクが興味をもっていたのが、『ブリキ屋さん』と呼ばれていた
ブリキ板を加工して、長持ちのような入れ物や箱を作る職人でした。

長屋の一角にそのおっちゃんの家、兼仕事場がありました。

ブリキ板を鋏で切って、端の部分に針金を巻き込み、半田付けをします。

バンバン グヮングヮン バンバン グヮングヮン

うるさい音がしていかにも雑な仕事をしているようなのですが、
その出来上がりは、小商いや行商人の客の心を大いに満足させるものでした。

僅かな手間賃で人に喜ばれるものを作る。その心意気。

酸素不足にならない世の中でありたいものですね。






(歌謡学院 1−10)  あいつのことや  6月5日(木)

 
小学生のころ東京から転校生が来よった。

そいつはやね、父親が高級官僚かなんかやったんやろね、多分。
そんな男前ちゅうこともないんやけど、垢抜けしとるんや。
冬なんかでも生足にピチピチの半ズボンはいとる。
それも『サージ』ちゅうて一応ウールや、
ボクら貧乏人ちゅうたら丈夫なはずやのに、ダボダボの長ズボンなんや。

足元は、革靴ときたもんや。喋り方も関東、東京弁やからあっさり簡潔。
「ボク、朝寝坊しちゃった」とか、そんな具合や。

そやから女の子らにはモテモテ。

やっかんだ連中が、休憩時間にドッジボールで集中攻撃しよったけど、
頭も運動神経も抜群やから、「参っちゃうね、タマンナイネ」てな調子で
軽くいなっしよる。

究めつけは、遠足の弁当や。

ボクらの弁当は、この日とばかりに見栄張って花見弁当や。そやけど、
そいつは海苔をべたっと巻いた大きな握り飯二つ竹の皮に包んで持ってきよるだけ。

垢抜けしとったワ。

政府のえらいお役人でこの頃テレビなんかにもよう出とるやろ。
あいつ、あいつのことや。ちょっと目の垂れたところ変わっとらんわ。



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